2021年1月12日にニュースになった、楽天モバイルの社員が元勤務先であるソフトバンクより5G通信にかかわる営業機密を持ち出していた、というニュースは記憶に新しいのではないでしょうか。これにより、現在楽天モバイルに勤める同社員は不正競争防止法違反容疑で逮捕されています。
これは
・退社日当日に遠隔でサーバへアクセス可能
・営業秘密がメール添付で外部アドレスへ送信可能
といったソフトバンク側の機密情報取り扱いの甘さが招いたともいえるものの、どちらの企業に対しても信用性が失墜しイメージダウンにつながるニュースとなりました。
かねてより機密情報のみならず顧客情報などの個人情報を取り扱うことも多い開発現場においては、データの取り扱いに様々な対策をとられています。
今回のニュースのような大きなダメージを受けてしまうことも考えると、中小企業においてもデータへのアクセスや持ち出しに関する取扱いについて、厳重な対策をしなければならないことを改めて痛感せざるを得ません。
エンジニアの立場であっても、企業の立場から考えてもこのような事態に陥ることは絶対に避けなくてはなりません。
ここではエンジニアの転職・引き抜きもその要因ととらえつつ、エンジニアと企業の情報取り扱いについて掘り下げて考察してみましょう。
Contents
エンジニアの転職時に潜む訴訟リスクを考える
2019年2月のソフトバンク社員(機密度の低い情報へのアクセス権限しかないとされています)が、「小遣いが欲しかった」ために行ったという在日ロシア通商代表部の元代表代理への情報漏えい問題もありました。社員は不正競争防止法違反で有罪判決、元代表代理も同容疑で書類送検されたものの、出国し再入国の見込みがないため不起訴という結果になっています。
また、積水化学工業の元社員(懲戒解雇)による中国の産業スパイへの情報漏洩(SNSを通じて接近したもの)は不正競争防止法違反容疑で書類送検されています。
このような事例からもわかるように、情報漏えいは特殊なポジションにいる社員に注意が必要なのではなく、すべてのエンジニアに身近に存在している闇であると考えるべき問題になってきています。
エンジニアが退職する場合でも、機密保持契約や転職先の誓約書など、転職に制限がかかる事項があります。入社時や退職時に「秘密保持・競業避止義務(一定期間における競合他社への転職に関する制限や競合となりうる独立に対しての制限などがある)」に合意している場合は、特に注意が必要です。合意がある場合、転職や引き抜きを受託した段階で債務不履行になる可能性があります。
転職に際し、技術情報・営業リストなど企業独自の情報を持ち出すことは損害賠償の対象となる可能性があります。損害賠償が認められるようなケースでは、転職の取消に至るようなこともあるでしょう。
このようなリスクを忌避するためだけでなく、社会人としてのモラル面からも機密保持契約の有無にかかわらず、会社のデータの持ち出しは厳禁と考えなくておくべきでしょう。
退職時の誓約書などはサイン(承諾)しなくてはならないのか
退職希望者に不利益な内容を強制させる誓約書は『法的効力を持ちえない』ということもあり、必ずしもサイン(承諾)しなくてはいけないものではありません。通常であれば、期間や地域などの制限を指定して職業選択の自由を保障することになっていますが、承諾する場合は中身をしっかりと確認した方が良いでしょう。
また、競合他社への転職を制限する競業避止義務に関しては、エンジニア業界としてはほぼ不可能ということもあり、法的効力が無効になることも少なくはありません。ただし、企業として道義的に必要な部分については情報漏洩することを避けるための誓約書を取り交わすことは認められている点も考慮しておく必要があります。
エンジニアの転職にかかわるタブーとは
日本国憲法では「職業の自由」は保障されていますが、暗黙的に存在している引き抜きに関してIT業界におけるタブーというのはあります。
職業選択は自由があるものの、不条理な引き抜きが横行するようでは考えものだということは何となく、みなさんもお分かりになるでしょう。
注意しておきたいのは、引き抜きをかけた企業に対しては裁判で違法とみなされる可能性の高い行動もあるということです。ご自身に対して行われている、またはご自身が行動しようとしている引き抜きが問題ないかどうかチェックしておきましょう。
違法性を見抜く目安としては以下の5つのポイントが挙げられます。
- 通常あり得ない金額の金銭を提供し引き抜きをかけた。
- 企業活動に影響を与えかねない数の人材を引き抜く。
- 誤った情報・経営上の企業秘密などを提供して引き抜く。
- 明確に計画したうえで引き抜きをした。
- 在籍している企業内の同僚を誘い転職する。
明らかに在籍中の企業にダメージを与えるような引き抜き、度が過ぎていると判断される引き抜き、秩序を乱す引き抜きは、違法と判断されると覚えておくと良いでしょう。
また、転職する際は円満に退職できても誓約書の締結が必要になることもあります。その際にはきちんと書面に起こしていることで「強制力のあるものだ」という認識をしたうえで、内容をしっかりと確認することも大切です。
引き抜きされるエンジニアにとってのメリット・デメリット
引き抜きされるエンジニアにとってのメリット・デメリットについてもみていきましょう。
<メリット>
・待遇アップ
・転職活動という時間とリスクを背負う必要が無い
・希望のポジション・職種での採用が叶いやすい
自分から行う転職活動では希望条件も確実にかなうものではなく、スムーズに転職できるとは限りません。しかし、引き抜きをされることで、ある程度希望条件も通りやすくスムーズに転職することが可能になります。
引き抜きは基本的に優秀であると判断されたうえで行われますから、待遇面でも現状よりプラスになることも多くあります。
ただし、待遇面においては現状維持、その後の活躍により判断の上で昇給する方針になるケースもあることは認識しておくと良いでしょう。
<デメリット>
・引き抜き前後で似たような業務内容になりやすい(成長できる保証がない)
・元の職場で培われた人間関係は継続しづらくなることもある
・特別なスキルを持っている等の場合、それを吸い上げた後に用済みにされる危険性がある
デメリット面について考えてみると、上記が主なポイントになります。人間関係の破断が起きると、どこかの現場で元同僚と出会って気まずくなるということもあり得ます。
また、現状を評価して引き抜きをかける以上、どうしても同じような業務に就くことを求められる可能性も高くなります。どうしても現状打破して上を目指したい、成長したいために引き抜きを受けたい考えがある場合には、業務内容について事前に認識を合わせ確認しておく必要もあるでしょう。
最後に挙げているポイントについては必ずそうであるとは限りませんが、特殊なエンジニアスキルの評価で引き抜きがかかっている場合には注意が必要です。
安定して働ける職場をと考えているのであれば、なぜ自分が必要とされているのか、きちんと確認しておく必要もあるでしょう。
情報漏洩はすべてのエンジニアにとって無関係ではない
転職・引き抜きに限らず言えることですが、エンジニアとして働く以上、すべての人が「情報漏洩できてしまう」ということをしっかりと認識しておく必要があります。
転職サービスの自己評価のためにGitHubに業務で作成したコードを無意識にアップロード、使い方もわかっておらず公開状態にしていたため、クライアントのプログラムソースが全世界に公開されるという事例も昨今で発覚しています。
社会人としての社会通念、モラルに関わる情報漏洩問題ですが、時に「情報漏洩している自覚はないのに情報漏洩してしまう」可能性もある職業です。
テレワークが盛んになりつつある今だからこそ、よりいっそう情報漏洩には過敏な対応が求められるのだということを理解しておくようにしたいところです。
こんなところから情報漏えいは起きる
- 普段テレワークなのでVPN接続情報を自宅の個人PCに設定している
- 個人持ちのスマホでメールやファイルを閲覧可能にしている
- 個人PCのプライベートな開発環境に業務で作成したソースコードが含まれている
- 個人PCの中に業務用の資料が保存されている
このような点に該当する場合には、思いがけず情報漏えいを起こしてしまう結果につながる可能性もあります。仕事に関する設定・情報がどこにあるのかきちんと把握し、適切に切り替えるなど対処をしておくようにしましょう。
それだけではなく、自宅外に持ち出すことも多いモバイルの場合には、盗難・紛失にも厳重な注意が必要です。
自分が扱っているものを再認識しよう
企業にとっても、エンジニアにとっても社会からの信用を失墜させる情報漏洩に関する情報をまとめてまいりました。エンジニアにとっては生活をより充実させるための転職・引き抜きに関して、自分の正当な権利を守ることは大事ですが、信頼を裏切る結果になる行動はとるべきではありません。
企業側もエンジニアがうっかりでも情報漏洩できるような環境を提供することがないよう、細心の注意を払う必要がより増しているということも考える必要があります。
情報を取り扱うIT業界において、もっとも守るべき顧客の情報、企業の機密情報を適切に守ることができる対策を心がけていく、そのための環境を整えることは避けて通れない問題ということを強く認識しておきたいですね。
<参考URL>
楽天モバイルへ転職した元社員の逮捕について(ソフトバンク)