昨年度の緊急事態宣言後、いったん落ち着きをみせた新型コロナウイルスですが、本格的な冬の到来とともに首都圏を中心に過去に無いほどの感染拡大となってしまい、2020年1月7日に2度目の緊急事態宣言が発令されました。
飲食店を中心に営業時間を 20時までに依頼するとともに、人の流れを減らすために出勤率7割減(テレワーク推進)などの“お願い”が政府から説明されました。
リモートワークや外出自粛が推奨されたことで、もっとも大きな変化が発生したのは、“デジタル化”でしょう。Zoomなどを使ったWeb会議が急速に拡大し、ECサイトでの買い物やスマホ注文によるデリバリーサービスも日常的に使われるようになりました。いずれも緊急事態宣言によるステイホーム期間中に注目された、デジタルを活用した新しい生活様式の実現でした。
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データから見るITが業界の今
帝国データバンクが行った「新型コロナウイルス感染症に対する企業の意識調査(2020 年 8 月)」によると、新型コロナウイルスを契機とした自社のデジタル施策への取り組み状況について尋ねたところ、「取り組んでいる」企業は 75.5%と、大半を占めています。オンライン会議、テレワークの仕組みの導入が上位を占める一方で、電子承認・キャッシュレス化や定型業務の自動化など、業務プロセス自体をデジタル化する取り組みも増えてきていることがわかります。
この急速なデジタル化を予見するようなレポートが経済産業省から2018年に発表されています。それが、「2025年の崖」というものです。この2025年の崖を理解することで、ITエンジニアが今後のキャリアをどの様に高めていくべきか、方向性が見えてくる重要なターニングポイントになりそうです。
2025年の崖とは?
この「2025年の崖」というショッキングなキーワードは、もともと2018年に経済産業省の発表した「DXレポート」のサブタイトル「ITシステム「2025年の崖」の克服」が原典となっています。
レポートはデジタルトランスフォーメーション(DX)に関する課題のレポートで、システム開発におけるユーザ企業・SIerそれぞれについてビジネスモデルや人材育成等の課題、対応策を報告したものになっています。
ユーザ企業の既存のITシステムが、老朽化・肥大化・複雑化・ブラックボックス化などによって、時代に合わせたビジネスモデルで使いづらくなり、企業の競争力を低下させ、経済損失をもたらすと警告されています。そのレポート内では、DXが推進できなかった場合に「2025年以降、最大12兆円/年の経済損失が出る可能性」があることを「既存ITシステムの崖(=2025年の崖)」と記していました。
つまり、「DXの推進」が進まない場合の経済的リスクについて、「2025年の崖」というキーワードを使ったものです。
2025年に何が起きる?
2025年を迎えると何が起きてしまうのでしょうか? 2000年問題のように、システムの動作不良が明確に発生することを警告しているわけではありません。あくまでも、国内企業に対するITシステムの課題が現実的に大きな経済損失となる予測時期が2025年ということです。崖を迎えてしまう課題としては、以下の3点です。
企業経営面
・企業のシステム老朽化:基幹システムを21年以上、利用している企業が6割にのぼります
・データ活用ができず企業競争力が低下:企業内のIT人材が少ないことにより、データ活用ができず市場の変化に対応したビジネスモデルの変化が困難
人材面
・IT人材の不足:2025年にはIT人材不足が43万人になると予想されています
技術面
・レガシー環境を理解できる技術者の喪失:大規模なレガシーシステム開発を行ってきた人材が定年退職の時期を迎え、システムのブラックボックス化が起きてしまいます
こうした様々な課題を解決できなかった場合、2025年の崖を回避できず、毎年最大12兆円規模の経済損失が生じるというシナリオです。
2025年の崖のリスクが発生している原因はなにか?
2025年の崖が日本企業のリスクとして迫っていることはわかりました。先に掲載したような課題が発生している原因は大きく3点考えられています。
・ユーザ企業のIT部門におけるITエンジニアの少なさ
・いまだに個社毎のカスタマイズを伴うレガシーシステムが多い
・システムの運用コストが高止まりすることで、システム刷新に予算が割り当てられない
1点目は、ユーザ企業のIT部門におけるITエンジニアの少なさにあります。米国では、ユーザ企業のIT部門に65%程度のITエンジニアがいるのに対して、日本では、7割のITエンジニアがIT企業に所属しており、まったく逆の状況です。日本の企業では人事制度設計上、IT部門だけに所属するよりも様々な部門を経験することで昇進していく構図になっていることから、IT部門にいる従業員が必ずしも「ITのプロ」ではないことが一般的です。
それが故に、ユーザー企業に対してIT企業からITエンジニアが派遣され、SES契約によりユーザ企業のIT部門の役割をはたしています。
その構図が長期的に運用されてくることで、ユーザ企業が自社内のIT人材の育成を行うことができず、システム要件定義からIT企業に丸投げすることになります。そうして開発された「IT企業しかわらかないシステム」のブラックボックス化が著しいため、刷新が困難にしています。
2点目は、個社毎にカスタマイズしたレガシーシステムが多いという点です。クラウドサービスの利用が一般的になってきた現在でも、企業の基幹システムは、自社向けの機能を長期間に渡り開発してきたレガシーシステムの利用が多いという実態があります。
特に金融機関ではその傾向が強く、平成29年度では銀行で9割以上、保険・証券では6割以上の企業でレガシーシステムが継続利用されています。
ユーザ企業にとっては、自社の要求が反映されたレガシーシステムの方が使い勝手が良く、クラウドサービスを活用することになると自社の要求機能が満たせず、システムの可用性やセキュリティへの考慮が必要になるため、なかなか踏み切れない様子がうかがえます。
一方、IT企業にとってもカスタマイズ開発を続けてきたシステムの方が、運用保守費用を多く頂くことが可能であり、安定的にSES人材を派遣することができることから、敢えてクラウドサービスを積極的に提案したくありません。
双方の意向が、“レガシーシステム”に向いている限り、クラウドサービスを前提としている、デジタル化技術の導入は簡単ではありません。
3点目は、ITシステムの維持運用コストが高く、システム刷新に予算が割り当てられない点です。
自社専用のシステムであるため、サポートしているIT企業についても専用体制を敷く必要があり、結果として割高なシステム運用保守のコストにつながってしまいます。
「2025年の崖」はどうやって解決できるの?
レガシーシステムの多さとユーザー企業内のIT人材の少なさを解消し、デジタルトランスフォーメーションを推進することを目的として、経済産業省の「DXレポート」では、2021年~2025年を「DXファースト期間」と定め、長期的な計画でレガシーシステムを刷新していくようにと提案しています。
経済産業省では2025年に以下のような姿に変貌することを期待しています。
-IT予算に占める割合を8:2(維持コストと新規ビジネスへの投資)だった比率を、6:4に変化させる
-IT人材分布比率を現在の3:7(ユーザー:ベンダー)から5:5に変化させる
-IT人材の平均年収を約600万円から2倍程度(米国並み)に引き上げる
-IT産業の年平均成長率を1%から6%に引き上げる
この経済産業省の提案から、デジタルトランスフォーメーションを進めるための、ユーザ企業が目指すべき姿が見えてきます。
・レガシーシステムの刷新が実行され、既存システム上のデータを活用した本格的なデジタルトランスフォーメーションの実現が可能になる
・人材や資金等のリソース配分においても、既存システムの維持管理に投資されていたものを、新たなデジタル技術の活用による迅速なビジネス・モデル変革に充当することができるようになる
一方で、そうしたユーザ企業の変革に対応するためには、IT企業も変わっていかなければなりません。
・ユーザ企業がデジタルトランスフォーメーションを推進するための技術分野に先進性を常に持ち続ける必要があります。(AIテクノロジー、クラウドベースのアジャイル開発によるアプリケーション提供など)
・レガシーシステムによる受託業務から脱却し、最先端技術活用の新規市場を開拓し、クラウドベースのアプリケーション提供型のビジネス・モデルに転換していくことが必要になります。
ITエンジニアが今後のキャリアを考える上で、「2025年の崖」を契機とする
レガシーシステムを刷新し、デジタルトランスフォーメーションを進めていくことが企業の競争力を高めることになると理解した企業は、ITシステムの刷新を進めていきます。IT企業の開発案件は2025年に向けて増えていくことが考えられます。さらに、ユーザ企業がITエンジニアを採用することで上流工程をユーザ企業が担うことが理想形となります。つまり、システム開発に於けるIT企業の役割が変わってくることも予想されます。
ユーザ企業では、自社の競争力を高めるためのデジタルトランスフォーメーションをどの様にシステム化していくべきか、ビジネスプロセス、業務プロセスを理解したシステム設計ができる人材が求められることになるでしょう。ユーザ企業のシステム部門のキャリアアップも、同様に変化していくことになります。
一方でIT企業では、技術力、最先端のテクノロジーに精通している人材、それらをどの様にシステム開発に生かすことができるのかに長けた、アーキテクト人材が必須になってくると思われます。ITエンジニアのキャリアアップを考える上で、ユーザ企業なのか、IT企業なのか、どのようなキャリアアップをしていきたいのか、選択肢が広がっていくことでしょう。
DXとITエンジニアの働き方も影響がある
新型コロナウイルスによるニューノーマルといわれる生活スタイルの変化は、戻ることはあり得ないでしょう。新型コロナウイルスの流行がキャッシュレス化や定型業務の自動化など、デジタルトランスフォーメーションへの取組を加速させています。
しかし、依然として基幹システム自体はレガシーシステムの比率が高い状況であり、デジタルトランスフォーメーションへの取り組みを始めた企業は、改めて「2025年の崖」と向き合うことになります。
レガシーシステムからクラウドサービスを前提としたデジタルトランスフォーメーションを推進するためには、ユーザ企業のシステム部門の強化が求められています。 IT企業からユーザ企業に転職するITエンジニアも増えることでしょう。
IT企業は、従来のビジネスモデルからの変革を求められることになります。
ITエンジニアが働く場所としては、IT企業だけではなくユーザ企業のシステム部門という選択肢が広がります。ユーザ企業のシステム部門で活躍するためには、現在の仕事を通じてどのようなスキルアップをしておくべきなのか、一方、ユーザ企業のシステム部門が強化された場合に、IT企業では、どの様な仕事が重要となるのか、業界の動きを把握していくことが重要となっていきます。
「どこで働くか」「どのポジションを目指すか」を考慮したスキルアップと、キャリアプランを踏まえた転職を考えていきましょう。