2021年9月から、“デジタル庁”が発足しました。
菅義偉前首相が昨年9月の自民党総裁選で、目玉に掲げたのが、行政の「縦割り打破」でした。そして、その象徴が、各省庁がバラバラに進めてきたIT施策を一元化するデジタル庁の創設です。デジタル庁は、「スマートフォン一つで60秒以内にあらゆる行政手続きをできるようにする」ことなどを目指しています。
ご存じの通り、新型コロナウイルスの感染状況を把握するためのアプリ“COCOA”は、政府が新型コロナウイルスに対するデジタル施策として導入したものの、不具合があったことなども重なり、COCOAのダウンロード数は21年8月31日時点で2987万件。1年以上経過しても、ダウンロード件数は国内人口の4分の1にも達していないのです。
また、助成金・補助金の手続きの遅れも目立ち、役所での手続きなどはオンラインでできず訪問することが必須となっていたり、諸外国と比較しても日本はデジタル後進国と言わざるを得ない状況でした。実際に、2020年の世界電子政府ランキングでは、デンマークが1位であった。 続いて2位が韓国と続き、日本の順位は14位であり、前回の10位から順位を下げている。以下のグラフを見て頂くと、日本は概ね18位から10位の間で推移しており、政府のデジタル戦略が中々、進まないことがよく分かります。
■総務省|令和3年版 情報通信白書|国際指標におけるポジション
デジタル化という面で、最先端の仕事としているITエンジニアの中には、デジタル庁に興味を持った人も多いのではないでしょうか。
そこで、デジタル庁がどのような目的・経緯創設され、何をするのか、そして国民にはどの様なメリットがあるのか、わかり易く解説していきます。
Contents
デジタル庁とは
デジタル庁は突然、創設された訳ではありません。政府は2020年12月、「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」を策定し、ポストコロナの新しい社会を目指すためにデジタル改革の推進を目指していました。ここでの、新しい社会とは「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」を指すというものです。
この中で策定されていた改革の目玉の1つが「デジタル庁」の設置となりました。
どのような組織なのか
デジタル庁は、内閣官房とともにデジタル社会の形成に関する施策などの内閣事務を支援し、行政事務の迅速かつ重点的な遂行を図ることを任務とする。具体的には、デジタル政策の企画立案により、国や地方公共団体、準公共部門などの情報システムを統括・監理し、重要なシステムを整備していく、としています。
さらに、CTO(最高技術責任者)やCDO(最高データ責任者)などを置き、官民問わず適材適所の人材を配置する民間人材とのハイブリッド組織になっています。2021年9月の庁発足時は500人の規模を想定し、民間からは約100人が登用されています。
創設決定までの背景
デジタル庁発足のきっかけとなったのは、前述の通り、新型コロナウイルスの蔓延にあります。緊急事態宣言によって、外食産業・イベント産業などへの困窮をサポートするため、特別定額給付金(10万円)や中小企業向けの持続化給付金、自治体の各種給付金制度が実施されていました。
しかし、行政のシステムがFAXやハンコに依存しているために、すでに生活が困窮していた市民や外食事業者などの手元に給付金がなかなか行き渡らないというニュースが、よく聞かれました。コロナ禍での変革の必要性から、デジタル関連の予算を集約させるデジタル庁という案に繋がったようです。
2021年2月にはデジタル庁の組織や所掌範囲を規定した「デジタル庁設置法案」などのデジタル改革関連6法案が国会に提出されて閣議決定され、2021年9月1日にデジタル庁の発足式という運びになりました。
菅元首相は、その式典で「新型コロナ感染症への対応の中、行政サービスや民間におけるデジタル化の遅れが浮き彫りになりました。思い切ってデジタル化を進めなければ、日本を変えることはできない。これを強力にリードする司令塔が必要である。こうした思いで、デジタル庁の創設を決断いたしました」と述べています。
デジタル庁の目的
デジタル庁の目指す姿としては、デジタル社会形成の司令塔として、未来志向のDXを大胆に推進し、デジタル時代の官民のインフラを今後5年で一気呵成に作り上げることを目指す、との記載があります。その上で、以下の4つの柱を掲げています。
①徹底したUI/UX/国民サービスの実現
②マイナンバー・マイナンバーカードなどデジタル社内の共通機能の整備普及
③データ戦略
④①、②、③を実現するための、人材確保・育成、調達・規制の改革
■デジタル庁の目指す姿(出典:第9回 成長戦略会議「デジタル改革担当大臣提出資料」2021年4月)
4つの重点政策
4つの重点施策について、それぞれ確認していきます。
①徹底したUI/UX/国民サービスの実現
国や自治体のホームページを見ると、組織ごと、自治体毎に、バラバラのUI/UXで決して使いやすいとは言えません。これは、日本の行政機関が、“縦割り行政”になっており、省庁間の円滑な連携が行われず、行政サービスが非効率に陥ってしまうことに起因しています。
行政のデジタル化に関連しては、省庁や地方公共団体ごとに使用する情報システムがバラバラになってしまっている点や、マイナポータル等のシステムが国民にとって利用しづらいものである点等が課題とされてきました。デジタル庁には、このような縦割り行政の弊害を打破していくことが期待されています。
政府ホームページの統一化を図り、マイナンバーポータルなどの情報システムのUI/UXの改善を進めるとのこと。また、「国・地方の情報システム、準公共分野の情報システムの整備方針」(2020年12月策定)に従い、デジタル庁が関わる情報システム整備の際に、社会が具備すべき共通機能などを提示するようです。
②マイナンバー・マイナンバーカードなどデジタル社内の共通機能の整備普及
2点目の施策は、マイナンバーの活用促進やマイナンバーカードの普及に取り組むものです。
2021年3月末時点で、マイナンバーの有効申請受付累計数は約4549万件、交付実施済数は約3590万数となっており、国民の約3人に1人の割合で申請している状況にあります。
マイナンバーカードは、令和4年(2022年)度末までにほぼ全員に行き渡ることを目指し、遅くとも2021年度10月までには健康保険証としての本格運用を開始し、2024年度末には運転免許証との一体化などを進める計画になっています。
③データ戦略
抽象的ですが、政府・自治体が保有するデータ構造を抜本的に見直すというものです。民間企業でシステムを構築する上でもデータベース構造の柔軟性・拡張性は最重要視される項目の1つですが、それを実現しようとする考え方です。
データ構造=「アーキテクチャ」を共有し、その取組の社会全体での位置付けを明確化、連携の在り方を模索するとともに、無駄な重複の排除、欠落部分の補完を行っていく、アーキテクチャを共有することを通じて初めて有機的・一体的かつダイナミックなデジタル社会を構築することが可能になる、としています。
データアーキテクチャを以下の7つの階層で作り上げていくものです。標準化されたデータ構造があれば、組織間の連携が実現し、国民にとって新しい付加価値のあるサービスを提供できるということなのでしょう。
④ デジタル人材の育成・確保、人材調達における調達改革
政府・自治体がデジタル化を推進していくためには、デジタル改革をけん引する人材育成と確保が急務となります。そのため、政府は、国・地方自治体向けの研修プログラムのコンテンツを拡充し、国・地方自遺体の職員に対して、デジタルに関する専門性や知見の向上を図り、データサイエンティストやセキュリティ専門家などのデジタル専門人材の育成に取り組んでいます。
また、ITスキルにかかる民間の評価基準を活用した上、採用も進めるとのこと。
具体的には、デジタル庁を中心に国家公務員採用試験の総合職試験(工学区分)や一般職試験(電気・電子・情報区分)などの合格者の積極的に採用し、民間の実務経験を有する人材を確保するため経験者採用試験も活用するようです。民間IT企業で活躍してきたITエンジニアが、デジタル庁に活躍の場を広げる機会が増えていくことになりそうです。
日本国民が得られるメリットは
現在の市民サービス・医療・教育・免許の更新など、思い出して見ると、これらの政府・自治体によるサービスは、完全に分断されており、個別の制度の中でサービスを提供しています。時間と手間を要する思いをしています。
先にご紹介した4つの施策を推進することによって、政府・自治体ごとに、縦割りにされてきた仕組みから、個人が必要な要件をもとに自由に行政サービスを簡単に活用できることが、期待されるメリットです。
例えば、マイナンバーによって、データを別の病院や、別の学校で参照できるようなことです。すでに、薬の処方については、本人の同意があれば、医師が患者の情報を連携して引き出せるようになってきています。
そうした横串での情報流通が可能な仕組みをデジタル庁がリードして作り上げ、国民へのサービス向上を実現するものです。
「すべての行政手続きがスマホで60秒以内にできる」は可能なのか?
デジタル庁が目標として掲げている分かりやすいKPIとして、行政サービスについては、「スマートフォンで、60秒で手続きが完結する」を掲げています。その実現のカギとなるのが、先の一体化させたマイナンバーカードのスマートフォンへの統合です。
その統合ができることによって、例えば、運転免許書の更新を行う場合、これまでは、管轄の警察に行き面倒な手続きをしなければなりませんでした。この統合によって、運転免許証の手続きがオンラインで完了できるようになるとのこと。それ以外にも引越しをした際の住民票の移動やパスポートの申請も、同様にスマホからオンラインで実現するようです。
それが60秒以内に、という分かりやすいメッセージになっているようです。
実現性はあるのか?と疑いたくほど現状とのギャップがありますが、韓国の例を見ると、スマホで60秒以内の実現性が感じられます。
韓国では、日本の「デジタル庁」に相当する組織を約10年前につくり、日常的な公共サービスの手続きがスマートフォンで完結できるようになっている韓国の電子政府ポータル 民願24(Online Civil Service)では、24時間365日、行政への各種の手続や申請、証明証の発行が可能となっており、各府省と地方自治体の情報システムが連携したサービスが提供されています。
日本のデジタル化の遅れは取り戻せるのか?
新型コロナウイルスの感染拡大は、ビジネスや日々のコミュニケーションに大きな影響を与えました。「コロナショック」を体験したことで、日本は、いかに非デジタルな生活を続けていたのか、明らかになりました。また、価値観も変化しています。
職場や学校に行く必要は必ずしもありません。本来さまざまな手段があります。でもこれまでは、「働くには会社に行くもの」「学ぶには学校に行くもの」という固定観念がありました。「コロナショック」はそうした価値観にも影響を与えました。企業で働いたり、学校で学んだりという目的に対して、これまでの社会は手段が柔軟ではなかったとも言えます。
先にご紹介した通り、日本のデジタル化の遅れはコロナ前から指摘されていました。デジタル化の推進が目的化し、何のためにDX化するのかが明確化していなかった点があります。しかし、コロナ禍での生活様式では、在宅ワークの為のビデオ会議、ネットで買い物をして店舗に取りに行くなど、デジタル化が手段として使われました。そのことがデジタル化を推し進める要因になったと思います。
今後、行政手続きのオンライン化やワンストップ化など、「スマートフォンで60秒」で完結するサービスが増えていくことでしょう。引っ越し手続きと同時にガス・水道などの公共料金も移転手続きする「引越しワンストップサービス」なども検討されており、こうした動きをきっかけに、政府・自治体が民間サービスを巻き込みながら、日本全体のデジタル化を進めていくことが期待されます。
まとめ
デジタル庁の創設経緯、目的、そして注力しようとしている施策についてご紹介してきました。また、デジタル化の大きな焦点はマイナンバーカードを中核とした、各種サービスの横串化にあることがわかりました。
マイナンバーを軸に様々な行政手続きがデジタル化していくことを考えると、行政が民間企業、サービスをも巻き込んで日本全体のデジタル化がすすむことが期待されています。
政府・自治体のデジタル化には、多くの課題が残されています。また、”COCOA”アプリの様に、わかりにくさ、使いにくさというデメリットが強調され、メリットが十分に伝わっていない部分もあります。デジタル庁が目指す「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」のためにも、デジタル化でなにがどう便利になっていくか、しっかり把握していく必要があります。
デジタル庁では、発足時に民間から約100名を採用し、更に発足に向けた先行プロジェクトに2021年4月1日から着任する約30名の公募を行うことが明らかにされました。
ITエンジニアとしては、こうした機会にチャレンジすることはもちろん、デジタル庁の動向や、行政のデジタル化でどのようなメリットがうまれるのか、理解していくことが重要です。
特に政府・自治体のデジタル化が遅々として進んでいない状況や、利便性の良くないシステムを導入し、実際にその操作をしてみたりして日本の現状に時代に乗り遅れていると落胆しているITエンジニアは非常に多いと思います。
デジタル庁の創設に期待をしたいとおもっているものの、これまでのような状況になるのではないかという心配をしているITエンジニアは一般的なIT企業の技術力の水準が決して低くはないことを理解しているからこそ、国の動きとのギャップにもやもやするのでしょう。
民間の企業、有識者の力も入れることで、期待は高まりますが、決定のスピード感を大事に進めてほしいと切に願っています。そこはやはり国の動きが迅速であることが必須なのでしょう。